ARTOColors. - おざきのりこ -

『職人とお客様を結ぶ色』をテーマに運営しているARTOCUには、既存の色名では表現しきれない、個性豊かな色があります。そして、その色を染め上げる職人たちもまた、十人十色。

そんな彼らの”色”を引き出すインタビュー企画
『ARTOColors.』

今回お話を聞く職人はおざきのりこさん。いつもおだやかで懇切丁寧、それでいてユーモア溢れるおざきさん。そんなおざきさんの気遣いの源は、いったいどこにあるのでしょう。プロフィールには書ききれないそのあたたかなお人柄を深掘りします。

ぜひ、ごゆっくりお楽しみください。


心に『寄り添う』表現 を求めて 

染色職人 おざきのりこ

1. 絵を学びながら、アフリカの太鼓を打ち鳴らした学生時代


- プロフィールを拝見して知ったのですが、おざきさんは、多摩美術大学のご出身なんですよね。
- どうやらその在学中、アフリカの太鼓をやっていたとか......。

はい。ジャンベという、アフリカの太鼓をやっていました。
「アフリカ⺠族楽器ジャンベ部」笑
私、大学を選んだ理由が『部活がやりたかった』っていう理由なんですよ。

- 部活動を動機にあの多摩美に入るって、すごいですね。

そもそも『美大に行きたい』というのはあったけど、できるなら多摩美のあの部活に入りたいっていうのがあって。 ジャンベは未経験だったんですけど、youtubeに上がっていたジャンベ部の動画を見て、「かっっっこいい!!」となりました。 私もあのステージに立ちたい、と。それで受験して、念願叶って入れました。

- 多摩美も受かって、ジャンベ部にも入部できて。

絵を描いてはジャンベの練習をして、絵を描いては練習して、そんな学生時代でした。笑
ジャンベ部は依頼が入るとイベントへ行って、踊ったり歌ったりのパフォーマンスをするので、毎日の練習が本当に大切でした。良い音を出すためには相手の音を聞いて息を合わせつつ、どういう打ち鳴らし方をしたらいいのかを考える。楽器経験はピアノしかなかったので、誰かと一緒というのは新鮮でしたね。太鼓も革でできているから、ARTOCUでプロフィールを書くにあたって思い出しました。 意外なところで、自分の中での革歴史が続いているなあ、と。

- 多摩美術大学でのご専攻は?

油彩画を描いていました。中でも、人物画を描くことが多かったです。当時、絵を描いていて『誰かの心に寄り添えるものを描きたい』という思いがあって。でもそれは押し付けがましいものではなく、『自分のやりたいことで、誰かの支えになれたら嬉しいな』という気持ち。そんな風にして描いていたら、展示を毎回見にきてくれる方が現れたんです。その人たちと接する中で、私のやりたいことがやれたな、と感じることがありました。

- 実際に、どのようなやりとりがありましたか?

老夫婦の方だったんですが、お二人のうち、旦那さんのほうが特にファンでいてくれて。ある年、奥さんだけが展示を見にきてくれたことがありました。聞けば、『旦那から頼まれて作品の写真を撮りに来ました』と。実はその時、旦那さんは体調を悪くして入院されていたんです。そんな大変な時にも、私の絵の存在を片隅に置いて生きていてくれるんだなあ、と思えて......心に響くものがありました。自分の作品がほんの少しでも誰かの人生の支えになれたのだなあ、と思えて、そこで絵は一区切りしましたね。

 

2. 暮らしを支える『モノ作り』を求めて



- ご卒業後は、何を?

大学を卒業してから、”デルフォニックス”というお店で働いていました。
実は、人と関わることがもともと苦手で、『個人としては人に何ができるだろう?』と思って、接客業を選びました。 接客を通して素敵な人たちに出会えて、自分の中で人に対しての壁が少しずつなくなっていくのを感じました。

- モノ作りにはどのようにして惹かれていきましたか?

働いていたお店は、雑貨を色々取り扱うお店で。そこからモノ作りへの興味が出てきました。 店舗で取り扱っていたアイテムの中に、yuhakuの製品があったんです。 yuhakuのコンパクトサイズの財布やシューホーンを紹介していく中で、持ち心地がよくて、yuhakuっていう会社いいなと思いました。 それから3年経って、当時のマネージャーに「yuhakuってブランドが気になってて、染めとかすごい良いと思うんですよね」と何気なく話していたら 「募集かかってるから電話してみたら」と勧められたんです。電話をしたらまだ枠が空いていたので、それで入社しました。 マネージャーさんもいい人で、そんな風に紹介してもらったのがモノ作りと、yuhakuとの出会いでした。

- では、製品ベースで『モノ作り』に惹かれていったんですね。

今でもはっきり覚えていて。YFP191のコンパクトウォレットにときめいたんですよね。 ところが、入社したらそのお財布が生産終了になってしまって......。それにまた衝撃を受けるっていう。笑 『絵』『個人』として人に関わってきて、今度は『誰かの生活に寄り添える”モノ”作り』として、自分にできることってあるのかなあ?と。

- なるほど。おざきさんは「人に寄り添う」というワードを大切にされていますね。
- この想いの源は、どこにあるのでしょう。

暗い話にはしたくないのですが、高齢の親戚が多くって。
そうなると、どうしても旅立つ人が増えていくし、中には、若くして亡くなる友人もいました。そうした別れをいくつか経験しながら、その人たちのためにもっとできることがあったのではないか、と考えさせられました。そうやって考えていくうちに、せめて何か......、少しでも心の支えになるような、そんな表現ができないか、と思うようになりました。それを理由に、というとおこがましくなってしまうけれど。

- 誰かをそっと支えたい。そういう意味での『寄り添う』なんですね。

あんまり気負いすぎるのも故人のためにならないな、とは思うんですが。 ある友人のお葬式に出た際に、旧友たちで集まって、思い出話をしたんです。 そしたら面白いエピソードしか出てこなくて。お葬式なのに、みんなで笑顔になれるシーンが多くって。 『こんなふうにあれたらいいな......、こんなふうに死にてえ!』と、思いました。笑
生身で誰かを支えることは難しくても、せめて表現ならば自分にもできるかなと。見る人にとって必要であれば持っていってもらえるし、押し付けがましければ、通り過ぎてもらえる。どんな想いでやっていても、表現やモノ作りは結局、自己満足になってしまうので。ハマる人がいたらラッキーというスタンスでやっています。 

3. 『色』に情景を込めて 




- そんな紆余曲折を経て現在は染色職人として働くおざきさん。
- 染色する上でこだわっていることはありますか?


『深み』を出すこと、です。 入社したばかりの頃、yuhakuの手染めの⻘が、海の底から海面を眺めているような色合いに思えました。 お客様の中にも、製品を見て海のイメージを持つ方がいらっしゃって。 ⻘はただの⻘、ではなく、イメージを膨らませられるような染めができたらな、と思うようになりました。 その中で、深みを意識して染められたら、見る人の中で何かのイメージに繋がりやすくなったりするのかな、と。 海とか、空のように。

- では、個人の制作として、ARTOCUではどのように自分の色を出していきましたか?
-「Tanz Walzer」の制作についてお聞かせください。

革には、牛が生きていたときについた傷や、なめしの過程でつく傷があります。作品を制作するにあたって、その傷に寄り添うというコンセプトが前提にありました。今回は、傷に沿って線を引くことで表現したんですが。色を必要最低限に留めているのも、革の傷を活かしたくて。そうやって引いた線を眺めていると、この辺がお尻、ここがおへそ...という風に、女性の身体の曲線に見えることがありました。『寄り添う』や『人の身体』というイメージから、まず踊り......ワルツが連想されたんです。実は「Tanz Walzer」はくるりというバンドのアルバム名なんですけど。 このアルバムには、『違ったものとの混ざり合いを意識した』というコンセプトがあるそうです。 そのコンセプトが、『”染色職人としての自分”と”絵を描いていた自分”との混ざり合い』という意味で、今の自分を表現しているな、と感じました。 「ワルツ」というワードと、アルバムのコンセプト。この2つが上手く当てはまったので、作品のタイトルとしてお借りしました。

- 印象的なこの作品名は、アルバムのタイトルからだったんですね。
- 音楽の他にも、作品を作る上でインスピレーションを受けるものはありますか?

日常生活の些細なことや、お散歩している時の風景。音楽、映画、絵画。本......ですかね。散歩する時は、花を見ていることが多いかも。人のおうちの軒先なんかも、何が植わってるのかなあ、とついつい見ちゃう。笑
あとは私、お花を買うのが好きで。品種や名前に詳しいわけではないけれど、生活の中にあると嬉しい。時々、季節に応じたブーケをお花屋さんから取り寄せることがあるんです。それが暮らしの楽しみだったりするんですけど。そんな感じで、季節のブーケを色で表現できたりしたら楽しいのかな、と思っています。

- 革に咲く花、きっときれいですね。楽しみです。
- 今後はそうした『色』での表現もしていきたい、とのことですが、おざきさんにとって『色』とは、どのようなものでしょうか?

自分が投影されるもの、ですかね。絵を描いていた経験が大きいかもしれないけど、
色って、自分の体調や心のあり方によってにごって見えたり、きれいに見えたりする。恩師からは「汚い色なんてない」と教わってきました。だから『この色汚いな』と思うときは、それを見る自分自身が荒れている。そういう意味での自己投影です。だから、自分の染めたものも、見る人の心のままに見てほしい。汚いなって思われてもいいし、きれいだなって思われてもいい。なんでもいいんです。何かを思ってくれたり、感情を抱いてくれるだけで嬉しい。自分の作ったものに対して見る人が無感情だったときが一番「自分だめだったな」と思います。

 

4. 生き方を模索していきたい。相手に寄り添うように。でも、自分勝手に。

- 実は、6月でyuhakuをご卒業されたおざきさん。
- 染色職人としての生活は、いかがでしたか。

yuhakuのファンの人がいて、製品を手に取ってくれたり、写真に撮ってくれている人を見ると、 自分の携わったモノが誰かの生活の一部になれてるんだなあ、と思えて。本当にいい経験でした。

- この先のご予定は?

そうですね。ARTOCUには1年残ると決めています。その先は、まだ決めていません。 最近、モノ作りや、自分の生き方に対していろいろ考えることが増えてきて。 『人に寄り添えるモノ』を追求してきたけれど、結局は”自分”に寄り添えるモノ探しができていないのではないか、と立ち戻ったんですよね。 傷モノの革を選んだというのもそこからきているんですが。 今、立ち止まっている自分にとって、精神論なんかをあれこれ当てこめて表現するのはちょっと違うなあ、と思って。 だったら、普段なかなか製品にしてあげられない傷モノの革を使えたらいいかなあ、と思いました。今の自分には、それくらいがちょうどいいな、と。 なので、今後の制作に関しても『傷モノの革を扱う』ということは変わらずにやっていけたらいいかな、と思っています。

- どこまでも、自分のありかたに真摯なんですね。

あらがったりもするんですけどね。本当はもっと器用に生きれるんだろうな、とも思うし。 だから30歳になるまでに今あるしがらみを捨てて、好きなことだけやってみようと思って。そんな風にして誰かの支えになりたいという気持ちもあるけど、自分のためにも生きたいという気持ちもやっぱりあって。本当のほんとうは、自分勝手に生きて、誰かが認めてくれるっていうのが理想だな、とは思うんですが。

- おざきさんの「自分勝手」、なんだかワクワクします。

色々やってみながら、最終的にこうあれたらいいのかなっていうのが実はあるんですけど。落ち着いた空間を作りたい、というのが自分の望みなのかなあ、と思っていて。なんというかこう......『空間』って、「人に寄り添う」の最強の形な気がしているんですよね。自分が落ち着ける空間かつ、誰かが心落ち着ける空間。それが、自分に寄り添いながらも、他人にも寄り添うモノとしての一つの形なのかな、と。昔、ずっと通っていたジャズ喫茶があって、そこのマスターがとても魅力的な人だったんですけど。ジャズ知識が豊富で、注文そっちのけでついついお客さんと話し込んでしまうくらいジャズが好き。それでも常連さん達に愛されていて......、自分の好きなものを貫きながら、居心地の良い素敵な空間を提供してくれていました。惜しくも閉店してしまったので、自分なりにマスターの人柄と空間を受け継いでいけたらなあ、と思ったりします。

- もしや『喫茶おざき』のご開業ということでしょうか

そういう憧れがあります。
それは最終の最終ですけどね。笑

一区切りだと思った絵に関しても、まだまだやれることがあるなあ、と、染色職人の仕事を通して気づかされました。 yuhakuでは染めの工程がたくさんあって、それら全てにおいて事細かに研究がなされている。 自分が絵を描いていた頃はそんなふうに細分化していなくて。 成分や材料、色の置き方など、考えてみればまだまだこだわれるところがたくさんある。油彩って、色々なやり方があって。チューブからやったり、粉からやったり、革を煮て下地を作ったり。もしも本気で絵をやるのなら、今後、自分もそういう細かなところにまで着眼してやっていきたいと思います。ただ単純に絵を描いて『素敵』ではなくて、紙や水にまでこだわれたらいいかな、と。

- Tanz Walzer.
- まさに、絵を描く自分と職人としての自分との混ざり合い、ですね。

はい。そんな風にやっていけたらいいなあ、と思います。

 ARTOColors.
- Color is in the eye of the beholder -

 

最後までご覧いただき、ありがとうございました。

いかがでしたか?
今回は染色職人おざきのりこの『表現に込められた想い』を深掘りするインタビューでした。
今後もARTOColors.では職人たちの持つさまざまな”色”をお届けしていきます。
次回もお楽しみに。

 

お客様と職人を結ぶ色が、暮らしを豊かにする
ARTOCU